キリスト者として・・・
澤田和夫神父様の書かれた小冊子第4集『キリスト者になろう』を神父様が先日送って下さいました。この4集は「よろこびに心をはずませイエスさまについていこう」というテーマでした。
御本の中には神父様の書かれた「よろこびに心をはずませ」という「しおり」が、はさまれていました。
この小冊子・2016年12月24日(土)の「また会う日まで澤田美代子の思い出」『美代子ママ』と題された澤田神父様のことを書かれた文です。
1919年の12月「無原罪の御守り」の祝日の翌日には3男が生まれ、世界も平和をとりもどした記念に和夫と名づけ、霞町の教会で使徒ヨハネを保護の聖人にいただいて受洗いたしました。
和夫は幼少の頃はいつも朗らかで小鳥のように唱歌を歌い、大きくなっても仲のよい兄の信夫と夕食後聖歌などをよく合唱しておりましたが、これも楽しい思い出です。
息子の司祭決心
和夫が召し出しを感じたのは、ずっと若い時からのようでありましたが、その気持ちを打ちあけたのは暁星中学4年のころであったと思います。
そのころ主人がブラジルに大使として赴任しておりましたので、その旨を手紙で知らせましたが、まだ年も若いし、そう急いで決めなくても大学をすませてからよく考えたうえでもよいでしょうとの返事でした。
その和夫は東大の法科に進み、めでたく卒業しましたが、司祭になる決心はだんだん強めていったようでありました。
しかしこの間第2次大戦がはじまり、国民の義務として軍隊に御奉公しなければならないこととなりましたので、海軍に身をおくこととなりました。主計将校として戦地にもたびたび出そうになりましたが、内地勤務ですみ、終戦で除隊、遂に年来の望み通り石神井の神学校に入ることとなったのでありました。・・・そして1953年のクリスマスを前にして、愈々品級の秘跡を受け、一昨年9年ぶりに日本に帰って参りました。
題が「美代子ママ」だったので、澤田神父様の書かれた文と思い読みましたが、読んでいくうちに「和夫は・・・」という文から「残された文」と添えてあったことで、澤田神父様のお母様の書かれた文と気付きました。そして、「ありがたい」「ありがとう」の澤田神父様の書かれた文字は、子としてのお心が伝わってきます。
≫ 当『小さなうつわのメッセージHP(山梨版)』のURL(https://awa.rgr.jp.wiki.cgi)(別窓で開きます)
≫ 新『小さなうつわのメッセージHP(館林版)』(https://tiny-pot.com/)(別窓で開きます)
お問い合わせ等はメールにてこちらまで。
このサイトの内容のすべて又は一部の無断掲載や無断引用や無断印刷や無断配布を禁止します。また内容の編集・追記・改ざん・改変・一部削除等をしたものの引用や掲載や印刷等も禁止します。
また、このサイトの内容のすべて又は一部の掲載や参照や引用の許可は、内容の性質上、各頁の枠単位ごとにすべて別々に許可申請が必要となりますので、予めご了承願います。
各ページの著作権は、それぞれの原作者に帰属します。
【注意】 このサイトのリンクの登録は必ずhttps://awa.rgr.jp/wiki.cgiでお願いいたします。
(各頁への直リンクは構いませんが、更新の都合で予告なく各頁のURLが変更されます)
リンクを登録するときは、
こちらのバナーをお使いください。
Produce by FULTAIP.
0116108
+10,000,000 OVER(2021)