晩秋の風の誘いから
ご人生への贈り物
柴田様は「良き師にめぐり合えるということは、今生のその人生の90パーセントは完成したようなもの」と言われて、愛宮神父様のことをよく話されておられました。
愛宮神父様はドイツ人の神父様です。その神父様について御紹介した文があります。
【まだ、他宗教との関わりには何かと困難な時代に、禅を通して東西の霊性の交流のために、又それ以上の内的な働きを感じられてのお立場上の神父様のご苦労のご様子に、柴田様はふれられ、又共感もされ、坐禅をされたのでした。】
柴田様が帰天された後に、御遺族から柴田様が最後まで大切に枕元に置かれていた書籍数冊と、心にとめておきたいお言葉を書かれたノートを何冊か頂きました。
愛宮真備神父様の「禅・悟りへの道」のご本もその中にあり、小さなうつわのメッセージ2006年02月12日No31に記載してありました。

2006年02月12日No31
禅・悟りへの道
イエズス会の愛宮真備神父様より、柴田美枝子様に贈られた本が遺品として今、手元にあります。
今回は愛宮真備神父様の禅とのめぐりあいを、さらにひびきあいますようにと紹介をさせて頂きます。
愛宮真備神父は1898年ドイツにお生まれになり、旧姓フーゴ・ラサール。
1948年、日本に帰化され、愛宮真備と改姓、第一次世界大戦に参加。戦後イエズス会に入会、1927年司祭になられ、1929年来日、上智大学教授を勤め又広島で司祭等歴任。
1945年8月6日原爆に遭われ被爆。その後広島市に世界平和記念聖堂を完成された後、1956年、福井小浜市にある発心寺の原田祖岳老師のところで参禅される。
広島市郊外に神冥窟と名付ける禅道場を設けられ、後、秋川にも「神冥窟禅道場」を設けられる。1990年92歳でドイツにて帰天。(HP・No31)
【日本人の気質を理解することは西洋人にとって困難であり、そして全く不可能である、ということがしばしば言われる。その理由は、日本文化の源泉が西洋文化のそれとは全く別のところにあるからである。西洋文化の重点は思考することにある。
日本文化の場合は思考しないこと、肯定的に言えば、直観と感情に重点がおかれている。したがって、日本人は弁証法的思考には向かず、理論的に論究する場合、ややもすれば論理的矛盾を無視しょうとする。日本民族のこの特性は外交政策においてもまた明らかに多くの欠陥をみせている。】と、書かれていました。今の日本はこの書かれた頃とは違うかもしれませんが、86歳の私の中には、この日本人の気質は備わっていると思っています。
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