大和郡山の風の御縁から
2008年4月20日の『小さなうつわのメッセージ』の『はじめに』に『琵琶を聞かせていただける御縁の日を待って・・・』として書かれてある文です。
【御住職が琵琶をお弾きになるということを伺っていたので、お尋ねすると、前もってお願いすれば、ということでした。】いつの日か、ご縁の日を待つことにしました。
帰りしなに受付の方が新聞のコッピーを印刷して見せて下さいました。それは3日後に舎利奉納が、ここ額安寺で行われるという内容の記事でした。
【インドの初代首相、ネール首相から世界的な宗教画家、杉本哲郎画伯に贈られた釈迦の遺骨「舎利」が、聖徳太子建立の名刹、大和郡山市額田部寺町、額安寺(喜多壽佳住職)に奉納されることになった。・・・同寺は11月11日、拝受式を営む。】
(読売新聞2007年10月11日の記事より1部抜粋)】
続けての文です。
【「個人の所蔵は行方不明になる恐れがある」というご家族のお考えで「釈迦をひたすら信仰されている額安寺がふさわしい。」と額安寺を推薦したということです。】
【喜多御住職は「現代は混迷の時代。人々が生きる意味と希望を失いつつある。
舎利は、釈迦が降り立たれて『和と愛を取り戻せ』と、人間救済の教えを訴えられているように思えてならない」と喜んでおられるということも書かれていました。】
2008年に書いた文を、今、7年を経て読み、「大和郡山の風を感じるところは、どこでしょうか」に「額安寺」とお答え戴いたご縁を改めて考えています。
【年明けて、2008年の2月の終りの頃、大和郡山の風を感じるところという額安寺のことが心に残り、又、受付でうかがった御住職様の琵琶の演奏もお聴きできたらとも思い、上田直子さんにお願いして、上田市長様を通し、どうぞというお答えを戴きました。】と書かれていました。
大和郡山の風は、音楽を奏でられる弁天様のお誘いだったのでしょうか・・・。

琵琶を奏でられる喜多壽佳様
(2008・03・06)
稲本玲子撮影
【大和郡山の風を感じるところに始まった額安寺という特別の場で、特別の琵琶の演奏をお聴きできるというご縁を戴いた日は、2008年3月6日でした。】
そしてその年、2008年の秋、10月18日の居待月の日に大和郡山の風は、額安寺に再び誘いました。
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