リラさんと遊んだ日
「五十鈴プロフィール」に載せた1枚目の画像を描いて戴いた日は、『絵筆とリラと』に書かれている「東京都世田谷区上祖師谷6丁目」の織田廣喜先生のお住まいにうかがった折でした。そのお住まいでのリラさんと先生の日々については、『絵筆とリラと』に詳しく記されています。
ここに引っ越して来て、40年になります。2階の8畳ほどの薄暗い部屋をアトリエにしています。建て替えてからも20年になる古家の隅です。山積みした描きかけのキャンバスに囲まれていて、ほとんど座る場所がありません。キャンバスをもぐってアトリエに、という状態です。その隣の板張りの間が寝室です。アトリエにしている部屋との間はカーテンもありません。ぼくのベッドとリラのベッドがあります。
リラは昼間は車いすに座ってベッドの横にいることもあります。アトリエとの間にはカーテンもありません。リラがいつも見えるような状態にしています。
「リラがいつも見えるような状態にしています。」というアトリエ兼、寝室兼、居間兼、客間という2階のお部屋にうかがい、織田廣喜先生に、まず御挨拶をさせて戴いた時のことは、私の記憶には余りないのですが、窓際の車椅子に腰かけて居られた奥様のリラさんのところに、直ぐに近寄って行き、両手でリラさんの両手を握って、握手の御挨拶をしたことは、しっかりと記憶に残っています。その後も、リラさんと手をつないだまま向き合って、子供の頃から歌いなれていた童謡を、調子を取りながら、次から次と歌いました。リラさんもお声は出なかったけれども、ニコニコしながらお口を動かしていらっしゃいました。
ふと、何か視線を感じて振り返ると、織田廣喜先生がアトリエの入口のところに置かれたキャンバスの前の椅子に腰をかけられて、喜んで歌に興じておられるリラさんの姿を、楽しそうにごらんになって居られました。その時の先生のお姿は、私の記憶にしっかりと残っています。
【リラは・・・病身ですが、リラが、頑張っていてくれていますから、絵を一生懸命に描こうという気持ちになるのです。リラの具合が悪かったら絵は描けません。絵が描けるのはリラのおかげです。リラが横にいる、というのは、神業です。天のおかげです。感謝しています。
あす、あさってはわからないけれど、きょう一日、充実した日が送れるのはありがたいことです。】というこの文は、著書『絵筆とリラと』の最後に書かれています。
織田廣喜先生とリラ様にお目にかかったこの日のお別れの御挨拶は、2階のお部屋で済ませて、私は先に下に降りて、お玄関の所に居られた家政婦さんに御挨拶をしていると、2階に残っておられた玲子さんが、筆跡の絵の具の湿りのまだ残る色紙絵を持って降りてこられました。
それは、お別れのご挨拶を済ませた後、先生が私を描いて下さった始めての絵、「小さなうつわのメッセージ」「五十鈴プロフィール」に掲載の1枚目の絵です。
≫ 当『小さなうつわのメッセージHP(山梨版)』のURL(https://awa.rgr.jp.wiki.cgi)(別窓で開きます)
≫ 新『小さなうつわのメッセージHP(館林版)』(https://tiny-pot.com/)(別窓で開きます)

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