『元初の最高神と大和朝廷の元始』のまえがきから
第八十一代元伊勢籠神社宮司という生まれながらの重任をもたれて、又、昭和7年からの宮司につかれたその時代背景。終戦を経て、そして昭和60年、この人生を勤めあげられたその前年の59年に、この著書は初版とされています。最後に残された著書の「まえがき」から、元初の神について綴られている文を心して戴きます。
【この元初の神の信仰は、人文未開の時代に見られた、所謂、原始時代の信仰そのものではなく、相当、文化の進んだ時代の所産に外ならぬことは、その神名によって窺われねばならぬところであり、又、それが、和銅、養老年中以前に、その存在を明らかにしていることは、我国の和銅養老以前の、信仰上の文化が、少なくとも朝廷に於ては、既に、所謂、原始信仰の域を脱却していたことを物語るものと云わねばならぬ。】
【・・・何等かの形式で、仮令、大衆的ではなくとも、この元初の神が、朝廷若しくは、朝廷に関係のある方面の何処かに祭られていたであろうことが考えられなくはないであろう。・・・】
【・・・もとより、古伝と、古史実とは、必ずしも、その全部が一致するものとは考え難い。しかしながら、古史実を、正しく認識するには、必ずや、一応.古伝を、経由しなければ、容易に、その目的を達することは出来ない。・・・】
【・・・吾人は、民族の祖先人が貽(のこ)した、貴重な古代文化を正しく見直すことによって、やがて、新しい真の文化を、その中から生み出すことが出来るのではなかろうか。】
【上古、諸般の文化が、まだ、充分に開けていなかった時代の、吾等祖先人の精神的な遺産の中に、思いがけぬ、高度の精神文化財宝が含まれている場合もあり得ることであろう】
私たちの世代は、国家神道の下に育ちました。戦後生れの方々には、想像のしにくい時代とも思います。戦後66 年も経った今、この國の基本的な理念ということを、考える時が来ているように思うのです。
参考に、『神道辞典』に記されている、国家観の項の【神道教化】という項目にある、「戦前の神道教化」(P367)を読んでみます。
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